7月の夜、やるべきことが何も進まなかった
梅雨が明け、東京の夜は蒸し暑い。窓を開ければ外の熱気が流れこんで、冷房をつければ眠たくなる。そんな7月の夜は、勉強も作業もなぜかうまくいかない。社会人にとっての夏は、受験生にとっての夏と同じくらい、「やる気と怠惰のせめぎ合い」の季節かもしれない。
資格試験の申込受付が始まり、秋のTOEICや簿記の試験に向けて動き出す人が増えるのもこの時期だ。副業や自己研鑽を「今年こそ」と意気込んだはずが、気づけば夏が終わっていた——そんな経験を持つ人も少なくないだろう。
今回紹介するのは、まさにそんな状況から抜け出した28歳会社員のAさんの話だ。彼女が変えたのは、勉強法でも意志力でもなく、「場所」だった。
帰宅するたびにソファへ吸い込まれていた
江戸川橋エリアに住む28歳のAさんは、都内の会社でフルタイム勤務をしながら、副業を立ち上げることを目標にしていた。クリエイティブ系の仕事を週末に受けようと考え、スキルアップのための動画学習やライティングの練習も始めたかった。
しかし、平日の夜に帰宅すると、毎回同じことが起きた。鞄を置いてソファに腰を下ろす。スマートフォンを手に取る。テレビをつける。気づけば22時を過ぎていて、「今日もできなかった」と思いながら布団に倒れ込む。
週末も似たような状況だった。「今日こそやろう」と思っていても、自宅という空間そのものが、休むための場所として体に染みついていた。作業ファイルを開いてもすぐに別のタブを開いてしまう。集中できた試しがなかった。
自宅ではソファとテレビが敵です。
28歳・会社員 Aさん
Aさんがそう表現したのは、怠けているというより、環境そのものへの正直な観察だった。自宅は「休む場所」として最適化されすぎていて、「集中する場所」にはなれなかった。意志の問題ではなく、空間のデザインの問題だったのだ。
Googleマップで見つけた、もう一つの「仕事場」
ある週末の夕方、Aさんはスマートフォンを手に取り、Googleマップで検索した。「コワーキングスペース 近く」。画面に表示されたのが、自習室KAKOIの江戸川橋駅前店だった。
最初は「自習室って学生が使うものでは」と思ったという。しかし口コミを読み進めると、社会人の利用者が多く、PC作業にも対応していることがわかった。「PCを作業目的で利用できる」という記載も決め手になった。
無料体験の予約を入れたのは、それからすぐのことだった。実際に足を運んでみると、席は半個室タイプで周囲の視線が遮られており、隣の人の動きが気にならない。空調は適度に効いていて、店内は静かだった。Aさんはその場で「ここなら集中できる」と感じた。
帰宅後、さっそく入会を検討し始めた。月額プランを調べながら、「週に何回来れば元が取れるか」を計算した。週3回来れば十分。むしろ、来るたびに副業の作業が進むなら安いかもしれない——そう思い直した。
「場所を変える」だけで、時間の使い方が変わった
KAKOIに通い始めてから、Aさんの平日の夜のルーティンが変わった。退勤後にまっすぐKAKOIへ向かい、1日あたり1.5〜2時間を副業の作業に充てる。帰宅してから何かをやろうとするのではなく、帰宅前に「やる時間」を確保するようにしたのだ。
この順番の変化が大きかった。帰宅してしまえばソファの引力に逆らうのは難しい。しかし「退勤→KAKOI→帰宅」という流れにすれば、自宅に着いたときにはすでに今日のノルマが終わっている。罪悪感なく休めるのだ。
KAKOI内でPCを広げると、不思議と手が動く。周囲で黙々と勉強している人たちの存在が、適度な緊張感をもたらした。自分だけがぼーっとしているわけにはいかない、という感覚だ。スマートフォンを触る回数が目に見えて減った。
同じ空間で集中している人たちの中には、さまざまな背景を持つ利用者がいる。たとえば54歳の主婦のBさんは、資格試験の勉強を「家事から離れた時間」として自習室に来ているという。また、48歳の会社員のCさんは通信制講座の修了を年内の目標に定め、スポット利用から始めて定期的に通うようになったと話す。
年齢も職業も目的も違う人たちが、それぞれの「集中したい理由」を抱えて同じ空間にいる。その多様さが、Aさんには居心地よく感じられた。「学生だけの場所」ではなく、働く大人が普通に使える場所だとわかったことで、通うことへの心理的ハードルが下がった。
ここにいる間は、副業のことだけ考えていられる。自宅だとどうしても「家事やらなきゃ」とか「あのドラマ見たい」とか、別のことが頭に入ってくるんですよね。
28歳・会社員 Aさん
Aさんが実践しているKAKOI活用のポイントをまとめると、次のようになる。
- 退勤後すぐに立ち寄り、帰宅前に作業を終わらせる
- 1回あたり1.5〜2時間と決めて、だらだら長居しない
- スマートフォンは鞄の中に入れたまま、PC作業に集中
- 週3回程度を目安にして、無理のないペースを維持
シンプルな習慣に見えるが、自宅では一度もできなかったことが、場所を変えるだけで自然と身についた。それがAさんにとっての最大の発見だった。
「やる気」より「仕組み」が先だった
蒸し暑い7月の夜、Aさんは今日もKAKOIに寄ってから帰る。ドアを開けると冷えた空気が出迎え、席に座れば静かな集中の時間が始まる。副業のプロジェクトは少しずつ形になってきた。完成はまだ先かもしれないが、「動いている」という手応えが毎日ある。
Aさんが振り返って気づいたのは、自分に足りなかったのは「やる気」ではなかったということだ。やる気は最初からあった。ただ、それを行動に変えられる「仕組み」がなかっただけだった。
自宅というリラックスのための空間に「作業モード」を持ち込もうとしていたこと自体が、そもそも難しい試みだったのかもしれない。場所を変えることで、脳は自動的に「ここは集中する場所だ」と認識するようになる。それは意志力を使わずに集中できる、という意味でもある。
測量士の資格取得を目指して文京区内の自習室を探していた39歳のDさんも、「狭い部屋にいると物が視界に入って注意散漫になる」と話していた。自宅環境の問題は、広さや片付けの問題ではなく、「そこにあるもの全部が気になってしまう」という、人間の注意の性質に起因している。
自習室という空間には、余計なものが何もない。だからこそ、目の前の作業だけに向き合える。Aさんがたどり着いた答えは、実はとてもシンプルだった。
副業を始めたいなら、まず「副業ができる場所」を作ることだと思います。やる気を待っていても、場所が変わらなければ何も変わらなかった。
28歳・会社員 Aさん
夏の終わりに「今年も何もできなかった」と後悔しないために。今この瞬間に動けるかどうかは、意志よりも、どんな環境に身を置くかで決まるのかもしれない。

